旅行・地域

2009年8月13日 (木)

終わるのよな始まり。(ハーリーから最後のごあいさつ)

おす元気?

みどりちゃんも皆様に、ご挨拶。かぁ~

Tori_m

二人の旅が終り、このブログもついに終わりとなります。

私は帰国してすぐに、ラーメンを食べにいき日本食を堪能し、実家に帰りがてら尾道の温泉つかり韓国エステで日焼けしてボロボロの肌にご褒美をあげました。

日本に到着する飛行機でみた緑の美しさ、ジャパニースピープルの静けさ、汗をかきながら急ぎ足で歩く東京のサラリーマン。

日本は今このときも変わり続ける。

旅に出る前に、会社を辞めて海外に行くかどうか迷っているときに知り合った、仕事先のアメリカ留学の女性が「いいじゃない。海外にでても、あなたには帰る場所があるんだから‥」と言った一言で、箱にはめられてもがいていた私の決心がつきました。

それから、お世話になった会社に退職を申し出て住み慣れた家を出て行き、7年ぶりに実家に戻って私は旅に出たのでした。

海外に出て日本人であることに改めて誇りを感じ、うまれた時から住んでいる故郷を思い、帰る場所がある幸せを感じました。

そして、東南アジアの生命溢れる人々に触れ、生活を垣間見て感じた感動や怒り、歴史の遺産を自分の足でしたたかに踏みしめた日々、新しい自分との出会い、愉快な旅の仲間たちとの楽しい時間の共有。

あーだこーだブツクサ言いながらも、私はこの旅であまりにもたくさんのものを得ることができました。

宝物いっぱーいshine

今この時も変わり続ける、私。

私はいつまでも自由な鳥ですvirgo

ありがとう、東南アジアの人々!

ありがとう、旅の仲間!

ありがとう、故郷で見守ってくれていた家族、友達!

ありがとう、ブログを閲覧してくれた人、コメントをくれた人!Minna

そして、

旅の相方なおち、ありがとう!!

こんな我がままで体力のない相方はさぞかし、他にいないでしょう

あなたの愛がなければ、途中でコンビはバラバラになっていたかもしれません。

わたしが一方的に怒っていることが多かったですが、まぁよくも最後まで連れて帰ってくれたよ。とほほ

今もなお世界を旅している仲間たちよ、大いに楽しんでたくさんのものを見て感じハートを爆発させちゃってください。

寺山修司は、旅について

「現代では飛行機は、タイムマシーンのようなものであり、数十年昔、週百年昔を訪れることもできれば、未来社会にいたりつくこともできる。そして、そのことによって、私たちは歴史を体験化し、自由に手をふれるような熱い思いを味わうこともできる訳です。旅は自由を探すことであり、怠惰な習慣と、退屈な日常の反復より悪い虫なんて、この世にいるはずがないのですから。さぁ、書を捨て世界を見よう!」

と語っています。

これからの私たちの日々は、新しい旅の始まりです。

さぁ、今度はどこへ行こうか なおち。

夜があけたら一番早い汽車にのって、

出かけよう。

無類の鳥好きハーリーから皆様に愛をこめてheart01

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009年8月12日 (水)

終わりのような 始まりのような    (8カ国目ニッポン なおち最後の記事です)

み~んみんみんみんみん~notes

ただいまpaperなおちですdog

Asi

昨日8月11日、昼12時30分、帰国しました。

Hikouki

ハーリーはその日の夜行バスで広島へ帰省。

今頃、広島の尾道で温泉に浸かっているはずです。

Cocolog_oekaki_2009_08_12_09_06

成田・・・・なんだか夢を見ていたような気持ちでした。

やっぱり飛行機で帰ってくるとあっけない。

10日の深夜、雲の上の世界に出ると同時に夢の中へ。

目が覚めて韓国で乗り継ぎ、そこから再び雲の上の世界に2時間の滞在。

雲の下の世界に戻るとそこは見覚えのある国、ニッポンでした。

日本人はみんな白くてビックリしました。もちろん白人のような白さはありませんが、やっぱり白い。正直笑っちゃいそうになってしまいました。

そして、僕は黒い・・・。東南アジア各国で欧米人にしょっちゅう現地人と間違えられていたほど日焼けして真っ黒・・・。黒というか茶色でしょうか。

なんとも居心地が悪い・・・。

旅の最後は、最後の最後までG氏と一緒でした。

Shokuji

僕らは深夜1時発の便で日本へ、G氏は深夜11時発の便で次なるエリア・オーストラリアへ。

夕食を一緒に食べ、宿の仲間にお別れの挨拶をして、3人で車をシェアして空港へ向かいました。

Yado

(↑ピンボケですね・・・でも、わざわざ写真を取ってくれたドライバーさんに感謝!少しぼやけてるくらいの方が味があって良いかも。印象派?)

空港では涙々のお別れでした。

G氏が先の出発のため、出国審査の前で僕らがG氏を見送るかたちとなりました。

G氏はきっと機内で号泣していたに違いありません。

ゴカさんsign03この先も気をつけて旅を続けてくださいhappy02

日本からゴカさんの世界一周を応援してますcancer

そして、この旅で出会ったみなさん、この先も良い旅をsign03

good good good good good good good good good good good clover

2009年5月22日から8月11日まで・・・

奇麗な風景があり

Haron

Betonam

Hue

Naga

Ankor_2

Hasiru

Camehai

Tamannegara

素敵な出会いがあり

Sigesan

Miyasan

Bankoku

Kuararunpuru

Daisenpai   

Yado3

楽しい宿があり

Canbodia

Raoyado

Coji

Coji2

Yado2

Kouchan

珍道中もあり

Raosu

Deai

Tanbo

Tanbo2_2

Nurunurusama

Ike

ときに悟りあり

Meisou

Satori

雨の降る日もあり

Ame

美味しいお酒や食べ物もあった

Resutoran

Nabe

Ichigo1

Ichigo

Yakimorokosi 

Yakimorokosi2

そして、日本へ。

欧米人バックパッカーを見てほっとしたり、駅ですれ違いざまに肩がぶつかっても何も言わないロボットのような人々を見て心の寂しさを感じたり、でもやっぱり日本食はうまいなぁと感じたり。

Ueno

Ramen

Yakitori

Kusihacchin

(↑有楽町の串八珍で、旅の修了式bottle

成田に着いたときには、あっという間に思えたこの旅ですが、振り返ってみると色んなことがありました。

本当に良い思い出ばかり。

そして、何よりの思い出は、この旅がハーリーとの2人旅であったこと。

Buranko

この旅はやっぱり“なおちとハーリーの”ココ旅だったわけです。

Ahiru

このブログサイトが「ココログ」だったので、それをヒントに「ココ旅」というタイトルにしたのですが、一応後付け的に意味も込めてあります。

“今ココを旅してますよ~”という意味と、“ココロの旅”という意味。

ハーリーがいなければこの旅は、このような旅にならなかっただろうし、そもそもブログも始めなかったかもしれません。

藤沢のネットカフェで、2人でああだこうだ言いながらブログのデザイン決めをしたことから始まり、お互い実家に帰ってから順番に記事を書いて、新宿で再会して旅がスタートしました。

僕は僕なりに旅の中で色々ココロの動きがあり、ハーリーはハーリーなりにココロの動きがありました。

Hunnsui

ケンカもいっぱいあったけど、そんなココロの動きを旅の中で素直に語り合えたことはきっと一生の宝なのだと思います。

Baraen

そして、ブログを書くことによってある程度自分の頭を整理することもできました。

僕は、サラリーマンになった自分をどうしても好きになれず“昔のような自由人に戻りたい”という気持ちで旅に出ました。

旅を終えて思うのは、やっぱり過去には戻れないという現実。

でも、大きな変化はありました。

“昔の自分”のような自分が、自分を上書き保存してくれました。

だから“今の僕”は、“学生時代の自由人”と“どうしても好きになれなかったサラリーマンとしての自分”という土台の上に改めて“自由なココロを再発見した自分”で更新されたような状態になっています。

あくまでも“今の僕”。“明日の僕”はわからない。

Neko

結局そういうことだと思います。

旅は終わりました。

でも何かが始まったような気がします。

だから終わりのような始まりのような。

ハーリーとも修了式の中で「これは始まりに過ぎないのかもね。」なんて話してました。

この先どこに向かっていくのかは自分次第。

Kippu

人生のレールは自分で築いていく。

Reru

ハーリー、今度はどこまで行こうか。

Hananoyouni

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年8月 9日 (日)

ぬるぬるさん再び(バリ クタ)

おす元気?
私たち元気よ

クタでの生活にも慣れてきた今日このごろ。

朝ごはんは宿の近くの市場に行って、新鮮な茹でとうもろこしとパパイヤ(約40円)、サテ(焼き鳥 10本で約50円)+宿のモーニングを頂いている。

Morokoshi

やはりご飯は、レストランより市場とかローカルな食堂に限るの~安くて、うまい!!

みてみて。買ちゃった~heart04
Kutu2_2

 

かわいいかばんと靴
sunshine
靴はクタそごうのセール品で約1650円。かばんはお土産屋さんで700円から交渉して約300円に!
交渉というかお店のミセスに「いくらと?」聞くと、「700円 」なんて言うから「そんなん高いわー!」と呆れて「いいわ、いらない」なんて去って行くとなぜか怒ったミセスが立ち去る私にいつまでも「それじゃ、500円」 私、NO 「400円」  私、NO 「300円」 と叫び続け、けっきょく最初の言い値の半額になった。
最初から500円くらいから始めたらいいのに‥

お買い物ってやっぱり楽しいhappy02

だって‥女の子だもvirgo

今日はG兄やん主催の「ライスフィールド&寺院巡りツアー」に行ってきた。

 

Kome

見てください。この美しき ¨ライスフィールド¨
どこか懐かしく、日本を想う。
日本の田園また違った美しい風景がそこに広がっていた。
そ、その時。

「わぁ~~~っ!!!」
写真撮影をしていた我々の後ろから、突然悲痛な叫び声がっ!!!
振り返るとG氏が米の泥沼に足をつっこんでもがいている。
「ヌルヌル様の祟りじゃ~!!」Cocolog_oekaki_2009_08_09_21_28

村の長老が叫んだかと想うと、G氏はますますヌルヌル様に足を引っ張られていきヌルヌル地獄に。そうしてしまいには、姿が見えなくなった。 

それからというものG家は子孫代々と、ヌルヌル様の呪いにかかり田んぼへ入るとヌルヌル様に呼ばれるように次々と泥沼にはまるのであった‥

次は「タロナット寺院」を観光。

タナロット寺院は、長い年月の間、潮流と雨風によって侵食された岩礁上に立つ美しい絵画的な  寺院。

Jiin_5

 

Hana

↑寺院に入る前に、お清め(たぶん)をしてもらう

聖水で腕と顔を洗い、住職さんに頭に聖水をかえてもらい、おでこにお米をつけ、最後に花飾りを耳につけてもらう。

 寺院は階段の途中までしか登れないのだけど、海から来る風が気持ちよかった~

空が大きい~happy02

K

ここは夕日が美しいそうな。ケチャックダンスも公演されているとか。

ついに、 明日私たちは3ヶ月の旅を終え、日本へ帰ります。

さみしいの

なんだかんだ、文句を言いつつも思い出いっぱ~い

今宵moon1は酔いどれの予感‥

ハーリーでした。

宇宙人ですがなにか?

また会いましょう!

 









| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 8日 (土)

一期一会

さ みしい・・・。

さみしい・・・・。

さみしい・・・・・。

旅が終わる・・・・・・。

一昨日あたりからソワソワと言うかホワンホワンと言うか、なんだか心が落ち着かないなおちです。

僕らの泊まっている宿には日本人の個人旅行者がとても多い。

そして、“バックパッカーとサーファーの混在”の宿となっています。Yado

一見あまり交じり合わそうな両者ですが、この宿ではとても面白いハーモニーを醸し出しています。

お互い“自分の領域”の話をすることによって、お互いの世界が広がっていくわけです。

僕は、バックパッカーにもサーファーにもちょこっとずつ足を突っ込んでいるので、その両者がお互いのことを知り合っていく様子を見るのがとても面白い。

旅の最後にこのような宿で、まるで僕の旅を凝縮したような出会いがあったことを僕はとても感謝したいと思います。

誰に対する感謝なのかは自分でもよく分からないのですが、なんというか、もしかしたらこの旅に、もしくはこの人生に感謝したいのかもしれません。

居心地がとても良い。

でも、出会いがあればやっぱり別れがあるわけです。

一昨日は同じ宿のSさんが日本へ、昨日は僕らがシンガポールで出会い、バリで偶然再会したMさんが日本へ帰っていきました。

自分の旅が終わることもさみしいのですが、仲良くなれた人を見送るのもさみしい。

さみしい、さみしい、でもやはり何事も始まりがあれば終わりがある。

この旅で知り合った人とは、また日本かどこかで再会するかもしれないし、もしかしたら一生会うこともないかもしれない。

先のことは分からない。

だからこそ、出会ったり、再会したりしたときの“今”がすごく大事なんだろうと思います。

人との出会いもそうだし、このブログの中で僕がたびたび話題にしていた“偶然”なんかもやっぱりその“偶然”の出来事が自分に起こったときの“今”がすごく大事なんだと思います。

サーフィンだってたぶん同じ。

大きな波が押し寄せてきたとき、その波をうまくかわすのか、その波をとらえて波に乗るのか、一瞬の判断が大切。その判断を誤ったり、判断が遅くなると波にのまれて危険な目に遭うこともある。今日、その判断の鈍さによって僕はかなり恐い思いをして、改めて思い知らされました。波が来たときの“今その瞬間”を直視しなければならないのです。

日本に帰ってからのこと、将来のこと、やっぱりどうしても胃袋のあたりから不安がこみ上げてきますが、僕はこの“今”を直視して“今”を大切にすることを忘れずにこの先を歩んで行こうと思います。

Umi

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

ヌルヌル体験(バリ クタ)

おす元気?
わたし元気
なおち風邪

前記事に紹介したが、G兄さんに再会してからというもの、毎日を楽しく過ごしている。
やはり人生において人との出会い程、素晴らしものはないしご縁というのは摩訶不思議である。
今日あるきっかけで、中学生のときに好きだった人が同じ大学に通っていたのを知って驚いた。私が通っていたのは大阪にある某芸大だが、大阪のしかも同じ大学にその人が通っていて、しかも近所に住んでいたなんて、なんてワンダホー!!
私の近所のあまり話をしたことがない同級生も同じ大学に通っていたらしく、その友達だったそうな。ぜひ、大学時代に会いたかった~

本日お昼は大好きなマッサージに行ってきた。
前回、ウブドでマッサージをした時は痛、痛マッサージで消化不良に終わったので再チャレンジ!!
お店は前から目をつけておいた外観が小奇麗なお店。
内観もお洒落で他のマッサージ店よりお客さんが多い。
よし、ここにしよう
フットマッサージ600円のコースをオーダーしてふかふかのリクライニングチェアーに滑り込んだ。
さっそくマッサージをしてもらったが‥
「ん  ???」
なにやらお兄さんが大量のクリームを塗り終始おぼつかない様子でヌル、ヌルと足を触るだけ。つぼを押すでもなく、ただひたすらにニュルニュルにゅるにゅる。
と、突然指のつぼを押し始めたかと思い安心しようとすると、親指、薬指、中指ときて急にまた脛にゅるにゅるに戻り始めた。
薬指、小指はどこいったんじゃ~!!
そうして、あきらめて寝ようとするとどこかに注意が散漫したのか、手がしばらく止まった。
私が起きたふりをすると、また再開し始め強めのにゅるにゅるに変わった。
もしかしてこれが、バリ式マッサージなのか?
クリームを塗りこむだけなら自分でやるわ~!
そうしていろいろ不信がったり前向きに捉えようとしているうちに、マッサージは終わった。

帰りにレジのお兄さんに「気持ちよかった?」と聞かれお愛想で「YES」なんて答えたけど、ぼったくりじゃないですか~こりゃ~!

おも~い過ごしも恋。夢見るよ~でいたいから

また会いましょう
ハーリーでした

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 5日 (水)

“G”との再会(バリ島クタ)

なおちです。

Saru_2

ギリ(ロンボク島の北西にある小島)以降体調が良くありません・・・。

インドネシアは今冬snow

赤道に近い国ではありますが、夜は結構冷えますbearing。さらに空気もカラカラに乾燥しますtyphoon

Cocolog_oekaki_2009_08_05_21_04

耳に入ってくる音はボンヤリしていて、頭もボンヤリしておりますshock

海に入って体を動かして汗をかけば治るだろうと考えていましたが、どうやら逆効果だったようです。

今日一晩寝れば治るかな・・・thinksleepy

さて、ハーリーの昨日の記事のとおり僕らは再びバリ島へ戻ってきましたship

最後の滞在地。バリ島クタwave

ビーチには国籍問わず、ど素人から上級者まで多種多様なサーファー と、日焼け目的の欧米人(中にはトップレスの女性も)やジゴロ(らしきバリ人)で溢れています。

この街で僕らは“G”と記念すべき再会を果たしました。

“G”・・・

ゴルゴ・・・

ではありません。

タイからラオスへ行く船で知り合い、ラオス国内を数日間一緒に旅したG氏です。

(7月6日の記事にG氏が登場しています。ちなみに静岡県藤枝市出身・・・らしい)

僕らにとっては、出会いの連鎖のスタート地点のような人。

もともと僕らとG氏は東南アジアの旅ルートが同じだったので、ラオスでお別れをするときに「インドネシア(バリかロンボク)で再会しましょうpaper」と約束していたのです。

偶然の再会も嬉しいけど、計画的な再会も本当に嬉しいものですhappy01

旅の最後に再会できて本当に良かった。

計画的な再会の中にもまた偶然の出来事が含まれていました。

G氏は、シンガポールからインドネシアに向かうフェリーの中で、僕がシンガポールの宿で話をしたウルグアイ人と出会っていたそうです。

さらには、今日の夕方、同じくシンガポールの宿で一緒だったMさんともクタで偶然再会。

今日は綺麗な満月fullmoonshineの下でみんなで夕飯を食べましたrestaurant

旅をスタートしたばかりの時はなかなか“出会い”と呼べるような出会いも少なく、淡々とすごろくの駒を進めるように旅をしていましたが、中盤以降は本当に良い出会い、そして再会の連続でした。

旅の醍醐味は出会い。

僕もハーリーも数年前のような“大きな感動”というものはなかなか体験できませんでしたが、きっとそれ以外にたくさん大切なものを手に入れることのできた旅になったかと思います。

ハーリー、どうだったかな?

cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer  cancer

ギリ写真集shinecamera

↓ビーチ(すごく綺麗だけど、岩やサンゴがゴツゴツしていて、

  潮の流れも速いのであまり泳げませんでした・・・)

Gjili

↓1泊だけした宿クラクラバンガロー。ドアの横にあるサーフボードが僕のボードです。ハーリーとの協議のうえ、“みどりちゃん”という名前を付けました。翌日ここより安い宿に移動しました。

Yado

↓ギリには自動車もバイクも一切ありません。乗り物は“馬車”のみ。どの馬もとてもおとなしくてお利口さんでした。停車中はぬいぐるみの様にまったく動きません。乗車代は結構なお値段です。

Basha

↓潮溜りを散策するといっぱい転がっています。ハーリーがレストランのスタッフにウニの話をしたら、メニューには載っていないウニ料理を作ってくれました。ウニスープとフライドウニ。フライドウニはなんだかウニがかわいそうになるくらいカリカリに焼かれていて“にんにく風味の消しゴム”の様でした。ウニスープは、なんと言うか文字通りといった感じです・・・。

やっぱりウニは生で食べたいですね・・・coldsweats01

Uni

↓宿の庭で勝手に洗濯物を干しました。この旅で5㎏や せましたが、お腹がどうにもへっこまない・・・(見苦しい写真ですみません!)

Sentaku

↓古本屋さん。ハーリーは中谷美紀さんの『インド旅行記』を買いました。

Book

↓綺麗な海を見ながら飲むビールはうまいっ!!

Beer_2

↓「ヘイッ!ゴーストバスターズ!!」とハーリーは歌っていました。

Sango

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2009年8月 4日 (火)

クタでの日々(バリ島 クタ)

おす元気?
わたし元気。
なおち風邪。

今、バリ島の中心街をもいえる(たぶん)クタにいます。
クタはビーチ沿いに高級ホテルから立ち並び、大型ショッピングモールやお土産屋さんもたくさんあり、まさにリゾート地。
私はショッピングもしないし海にも入らないので、ただ毎日クタの街を散歩している。
「ここが、バリの中心地 クタか…」
なんだか思っていたような街と違う。
自分が勝手なイメージを頭のなかで作っていただけなので、クタには大変申し訳ないのだが、今まで通ってきた国々の都心とあまり変わらない気がする。
みんなが バリ、バリ大騒ぎしているのはなぜなんだろう…。
確かに、空港から初めて触れたバリの南国特有のやさしい空気には感動したし、クタビーチも地元の人々が清掃しているおかげでキレイなのだが、大騒ぎするほどかー??
なおち; 俺は海があってサーフィンできればいいや だって。
たぶん、短期の旅行で仕事で疲れた体を癒しに海沿いの高級ホテルに泊まって、豪華ディナーやらエステやらビーチで日光浴やらをすれば最高なのかも。
私は安宿に泊まる、流れ者なだけにどこを見ても一緒に感じるのかもね。

この旅で私は、゛感動する゛ことがあまりに少なすぎて驚いている。
何を見ても「あ~ そうか」みたいな。
学生のときは短期旅行だったからか、なに見ても 「すげー!」 なに食べても「うまいー!」だったのにな。
大人になって感受性が薄れたか
長旅だからか
あっ!クタに着いた日の夜に日本食屋さんで食べた久々の寿司とうどんには感動した~deliciousheart04
よりによって日本食に感動。 

そうだ、昨日待ちに待った 『ハリーポッター~謎のプリンセス~』 を観ました。
料金はなんと 150円!!
日本の映画料金高すぎるぞ~
映画は最高の娯楽なのに。
と二人で抗議。
が、観たのはいいが英語版で字幕はインドネシア語なのでなにがなんだかストーリーがさっぱりピーマン。
久々にハリーに会えてよかったけどね。
日本に帰って見直そeye

ついに、帰国まであと1週間。
帰ったらなにしようかな~
旅にでて、自分や日本の常識が世界や個人の常識ではないということがつくづくわかったので、情報や概念に流されずに、自分の頭で感じたものを大事にして生きていこう
それだけは、思うこの頃。

また会いましょう!
ハーリーでした

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月28日 (火)

心を開けっ!(ロンボク島クタ→スンギギ)

お久しぶりです。
なおちです。

Dscf6486

イルカウォッチングの“ロビナ”、港町の“パダンバイ”を通って、僕らはバリ島を出ました。

旅の最終地点ロンボク島。何年か前から僕はずっとこの島に行ってみたいと思っていました。

Cocolog_oekaki_2009_07_28_11_05

バリ島のパダンバイからフェリーで約4時間。地図で見るとすぐそばなのに実際にフェリーで移動してみると結構時間がかかります。
僕は船が好きなのですが、文明の発達した現代においても“移動している距離を感じさせてくれる”という点がたまらなく好きなのです。
“早さ”とか“効率”とかというものは人間を神経質にしてしまって僕はあんまり好きじゃないんです。だから日本のような先進国の社会ではなかなか生きづらい・・・。

さて、そんなのんびり船旅を経て、ロンボク島の南にある小さな村“クタ”で僕らは1週間滞在しました。期間を1週間にした理由は、先回のハーリーの記事を読んだ方ならお分かりかと思います。
クタ・ロンボク。ここに来るツーリストはほとんどサーフィンが目的。
僕らの滞在した宿の名前も“サーファーズ・イン”オーナーが日系ブラジル人でとても親切スタッフもみんな少しだけ日本語が話せて、フレンドリー。
Dscf6490_2

せっかくなので、僕は中古のサーフボードを購入し、毎日サーフィン三昧でした。

Dscf6531_2

サーフポイントは隣村の“グルプック”。クタからバイクですっ飛ばして10分。

村からボートでさらに10分。

ボートの所有者は“スディッ”という名前の青年。24歳で子供が生まれたばかり。

日本語ペラペラですごく親切にしてくれました。

はじめに会ったときは、“東南アジアにはよくいる日本語ペラペラ野郎だなぁ”くらいにしか思っていませんでしたが、1週間滞在したおかげで、スディッの家族の話、子供の話、サーフィンの話、日本人の友達の話、色々話ができました。

Sudhir2

Dscf6547

Dscf6529

最後には本当の意味で友達になれたような気がします。

1週間、同じポイントでサーフィンをしたおかげで、海の上の友達もいっぱいできました。

スウェーデン人。イギリス人。そして日本人。

みんな短期旅行者でしかもサーフトリップで来ているので、今まで知り合ってきたバックパッカーとは違うタイプの人間で、これもまた良い出会いとなりました。

旅も終盤になって、今更ながらの告白ですが、インドネシア突入前まで僕はなかなか欧米人へ自分から話しかけることが苦手でした。

「ファッキンジャップとか言ってるんじゃないか」「このアジアンモンキーめとか思ってるんじゃないか」とか自分でも分からないくらい劣等感でいっぱいでした。だから、僕らに話しかけてくる欧米人は「=日本人が嫌いではない」という認識で笑顔で会話ができたのですが、どうしても自分からは声をかけることができない。同じ宿の隣の部屋の人にすれ違って目が合ってもすぐにそらしてしまう。

“旅自体はすごく楽しんでるけど、なんかこのままじゃいけないんじゃなか・・・・・・・”

“結局、広い世界を見たいとか言っておきながら、自分は狭い世界から抜け出せないままなんじゃないか”

そう思っていました。

ペナン島で再開した僕の愛読書、そしてシンガポールで出会ったユング派心理学の本、どちらも共通してこんなことが書いてありました。

「自分自身が今直面している人生の悩みをしっかりと把握すること、自分の人間性を構成している要素(生い立ちや、無意識のうちの行動、たとえば夢とか)をしっかりと自分で理解しようとすること、その2つを理解しながら、これから体験する出来事(もちろん偶然のできごとも含めてすべて)の中に“自分の悩みに対しての何かしらのヒントや機会”を見出すこと。それが心の悩みを解決するためには大切だ。」

おそらく僕の欧米人恐怖症に関しては、僕が中学生の頃“イタリア人になりたい”と思っていたこと、でも自分の背が中学1年以来伸びなかったこと 、足が短いこと、肌が白くないこと、英語がヘタクソなこと、そんなことが関係しているような気がします。それと、しょうがない話なのですが、どうしても自分よりも10㎝も20㎝も背の高い人に、上から見下ろされることにどうしても抵抗があるのです。

要は先にも述べたとおり“ただの劣等感”。

その劣等感の裏返しというか、自分の心を無理やり整理するための心の作用が“欧米人は日本人が嫌い”という勝手な思い込みになるように働いていたわけです。

でも、心の底では“本当は仲良くなりたい”。

サーファーズ・インには日本人は僕ら2人だけ。まわりは体の大きな欧米人ばかり。

この偶然は僕にとってのチャンスでした。

“目が合ったら、少し挨拶して、サーフィンの話でもしたら仲良くなれるかもしれない”

“でもなんか恐い。ハーリーもいるから2人でずっといればそれで済むし”

結局チャンスを逃す・・・・。

ちょっとあきらめかけてたのですが、大自然の力というかなんというか、海の上ではそれがうまくいったのです。

波を相手に集まる10~20人。すぐ隣で波待ちをしていれば自然と挨拶したくなる。むしろ挨拶しない方が不自然。

このチャンスを逃したら一生僕はダメダメ男だと思い、話しかけられるのを待つのではなく自分から話しかけるようにしました。

すると案外みんな気さくに答えてくれるし、その後町で会ったら声もかけてくれる。

“心を開きなさい。そうすればみんなあなたに心を開いてくれますよ”

そんな声が聞こえたような気 がします。

スディッとの出会い、海の上の友達との出会い。

クタでの1週間の滞在で得られたものはとても大きかった。

Dscf6560

今日クタを出て、スンギギへ。明日はギリ・アイランズへ向かいます。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

バリにきたー!!(シンガポール→バリ島 ウブド )

    こんばんは。ハーリーです

いや~、シンガポールよかったですよup

ゲストハウスがショッピング街のど真ん中にあって、歩いて1分で川崎のラゾーナのような

大型ショッピングビル。なによりうれしかったのが、恋しかったheart04日本食が食べれたこと。

日本人が多く滞在しているよいうのと、どうやら日本食noodleはシンガポール人に大人気upのようで、スーパーに行けば寿司パックfishその他日本食があるし、あと街の中にもたくさんの日本料理店があり(特に寿司は多かった)どの店も人がたくさん入っていた。

Ajisen_2

なんでも物がある生活に慣れている私は、やはりきれいな場所はうれしいし、便利がいいんだなcatface

お買い物は我慢。我慢というか、なおちに無駄遣いしないように手を縛られていましたcoldsweats01

今朝、そんなシンガポールともお別れをして飛行機でバリへairplanedash

バリ。

なんて素敵な島なんでしょう!!

空港から外をでて、感じた

なんか気持ちいい~ここっ!!!!up

初めて沖縄に来たときに味わった感動に似ている

タクシーの窓から見る空は嘘みたいに青い。

風がやさしい

想像していたよりも暑くなく、心地よい

噂のバリは、やっぱりよかった

Isi

ゲストハウスについてそうそう、宿のお兄さんが「今日はフェステバルやってるよ~」

と教えてくれたので行くことにしたら、民族衣装に着替えさせてくれて近所のお寺まで案内してくれた。

見ると、かわいいちびっ子レディ達が民族衣装を着てメイクをして、踊っているではありませんか。

かわゆい~virgo

その周りでは数十人の男性がそれぞれ楽器を演奏notesしていて、バリ音楽を奏でていました。演奏家たちは演奏中も自由にたばこを吸ったり、携帯で話したりと実にバリらしくて(東南アジアらしい)笑ってしましました。女の子ダンスの後にもスト-リー性のある仮面ダンスが模様され、ずっと見ていたいほど楽しめました。

Kamen

夜は、なおちオススメの『ケチャ』を見に行った。

ちなみに、ケチャとは→ケチャ (kecak) とは、インドネシアのバリ島で行われる男声合唱。または呪術的な踊りにともなう舞踏劇。(ウェキペデイアより)

上半身裸で腰布を巻いた数十人(百人を超えることもある)の男性が、幾重にも重なった円陣を組んであぐら座りをし、「ケチャ ケチャ ケチャ ケチャ ケチャ ケチャ  ケチャケチャ ウッ! ハッ!!!」  と両手をあげたり手をヒラヒラさせながら祈りのようなダンスをするんです。

ものすごい迫力eyesign03

Ketya

Trans

↑なおち撮影camera

その一定の心地よいリズムが私をものすごく心地よくさせてくれたので、不謹慎にもダンスが終わるまで居眠りをしていました‥ ご~gawksleepy

それにしても、バリ島の人の笑顔は素敵だな~

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月14日 (火)

国を感じる。歴史を感じる。(長たらしいブログです。)

※7/15に記事内容を更新しました。

Himawari02

なおちです。ピーピーっ chick

Tori03_2

6カ国目。シンガポールsign03

Maraion

今日(7/14)は3泊目ですnight

Cocolog_oekaki_2009_07_14_19_19

この国はすごいっsign03

物価はバーンと跳ね上がりupwardright、高層ビル、巨大なショッピングモール、きれいな車が溢れています。

マレーシアからシンガポールへ、橋を渡るだけでここまで変わるものなのかと目を疑うほどでしたeye

日本の生活とほぼ変わらない。むしろそれ以上の快適さがこの国にはあるような気がします。

道行く人々もとても都会的shoe

日本の街で例えるのもおかしいかもしれませんが、銀座と横浜を合わせたような雰囲気です。

そんな雰囲気に飲み込まれ、僕の脳ミソからは一瞬“旅”という言葉が消えていたかもしれません。

味千ラーメンnoodle、うな玉丼、マクドナルド24hours、モスバーガーfastfood・・・notes

アジアの縮図と称されるこの国では、アジア各国の料理、そして西洋料理(中にはジャパニーズウエスタンレストランなるものもあります。日本風のハンバーグ、たらこスパゲティ等)

↓ショッピングセンターのレストランフロア。日本の居酒屋がテーマになっていますbottle

Izakaya

Nebuta_2

そして、ハーリーの巧みな話術により僕らは暴走に至ってしまったのです・・・dollardash

Ajisen01

パクパク・・・・もぐもぐ・・・・・delicious

Unatama

パクパク・・・・もぐもぐ・・・・・happy02

Gobou_baga

・・・・・・・・・catface

大都会シンガポールには、とても素敵な動物園や鳥園penguinもあります。

↓写真は、アフリカの鳥、身長(体長?)1.2㍍くらいあります。不思議でしょ。

Tori01

昨日(7/13)は、こちらも鳥好きのハーリーの巧みな話術によりバードパークへ。

ここは必見ですeyesign03特に鳥のショーchickchickchickchick

ショーがスタートすると同時に舞台の袖から真っ白な鳥の群れがパタパタパタパター!!!!!!と飛び立ち、お客さんの頭上を旋回。鳥たちが裾へ帰ると同時に、次はペリカンの群れが大きな翼を広げてペタペタと大行進。

近くでペリカンを見たことがある人はご存知かと思いますが、と ても大きい!

そして、あのなんとも言えない愛くるしい顔と表情。

Tori06

その後も、英語・中国語をしゃべるインコやバスケットボールをする鳥たちなど、時間にしてたった30分ではありましたが、ショーの構成や見せ方などとても興味深かったです。

Tori04

Tori05

Tori02

Tori08

そして、ハーリーはなぜか涙目でした。

話が長くなりますが、お時間あればこの先もお読みください。

大規模商業施設、鳥園などで僕の頭から消えた“旅”。

安宿での出会いによって、蘇りました。

「客家」という国を皆さんはご存知でしょうか。

「きゃくや」ではありません。

「はっか」と読みます。

詳しくは僕の説明より参考書やウィキペディアの方が役立つと思いますので、割愛しますが、簡単に言うと「中国の異端児」でしょうか。「中国の流浪の民」「中国のユダヤ人」という説明も見かけます。

その客家のおじいさん(シンガポール人、85歳)と出会い、世界史通の宿泊者(日本人)M氏と一緒に世界大戦の話、日本軍のシンガポール統治の話、マレーシアからの独立の話、おじいさんのご先祖様の話。色々な話を聞かせてもらいました。

そのおじいさんは名前を“コー”さんと言います。

「漢字は?」と聞くと“洪”とのこと。

そこでM氏はピンときたらしく「客家で“洪”と言えば、洪秀全さんという方がいますね」と話すと、おじいさんは「洪秀全は私の先祖だ」とのこと。

そこで僕ら二人は目を丸くしたのでした。

高校で世界史に興味があった方はお分かりのはずですが、洪秀全(こうしゅうぜん)という人物は1850年代に中国(当時の清朝)という巨大な国家を相手に反乱を起こし、“太平天国”という理想国家の建設を目指した人です。要は“革命家”です。

この太平天国は結局のところわずかな期間しか存在しませんでしたが、巨大な国家を相手に自分と自分を支持する人々の理想を実現させようとして、戦った洪秀全を僕は偉大な人物だと思っています。(高校時代の恩師は「洪秀全は頭のおかしくなった人」と大きな声で言っていましたが、今考えてみるとあの説明はいかがなものかなぁと思います。そしてその恩師を崇拝していた自分に対しても、いかがなものかなぁと思いました。)

そんな革命家の子孫が僕の目の前で、世界史の授業では教われない“戦争の話”、そしてその話を通じて分かる“世界”。

これはM氏が偶然同じ宿に宿泊していたことによって分かったことなのです。

もしM氏がいなければ、僕はこのおじいさんに対して“スターウォーズに出てくるヨーダに似たおじいさんがいるな”と思って会釈をして会話もなく、すれ違っていただけかもしれません。

洪秀全をはじめ清朝に追われた客家の多くがマレーシアのボルネオ島に逃げわたったそうです。もちろん教科書にはそんなことは書いてありません。

おじいさんの祖母はボルネオ出身で、おじいさんのお父さんの代にシンガポールに渡り住み、おじいさんはシンガポールで生まれたとのことです。

このお話が真実かどうかは正直分かりません。

なんせ安宿の一角でのお話ですので。。。。

ちなみにですが、客家出身の偉人は中国国民党の孫文、シンガポール初代首相のリー・クアンユーなどがいるそうです。

この旅で思うこと、

歴史は学ぶものではなくて感じるものだ。

さて、明日(7/15)はいよいよラストステージ・インドネシアへ向かいます。

若干予定が変わり、飛行機にて一気に楽園バリへ飛ぶこととなりました。

赤道直下インドネシア編、乞うご期待bud

Himawari01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき